水面下も含めた労働相談件数の多さにもかかわらず、データを見る限り、その後は裁判も含めて、紛争解決制度に進んでいない。つまり、結局は「相談」だけで終わっているということである。そのことは同時に、労働者の多くは不満はあっても、相談のみで泣き寝入りしていることを推測させる。
では、何故、泣き寝入りせざるを得ないのか。
一つは、そもそも労働者の主張が通らない事案、つまり悪法に根拠をもつこともあろう。 もう一つは、紛争解決手段へのアクセス障碍である。争いたくともその手段がわからない、あるいは、費用その他の理由により利用できない、というものである。
ではこの二つの課題をどう克服するか。
前者は、法改正も含めた立法運動しかない。
後者は、アクセス障碍を除くのに、あらゆる手段を構築することである。
特に後者については深刻である。何十万人(推測)もの労働者の泣き寝入りを見過ごしているとあっては、およそ民主国家といえない。しかしチャンスはある。つまり、この行政相談から紛争解決へどうつなげるか、である(注4)。
ヒントとなるのは、この行政相談を担当する窓口担当者の言葉である。担当者は言う。「そもそもあっせんにも出てこないような使用者のケースではこの行政手段では解決しない。そのような場合に、相談者(労働者)には、これは労働組合に行きなさい、或いは、これは弁護士さんに相談しなさい、と言いたいときが多いが、行政の中立性からしてそれはいえない」
そうであれば、行政の中立性に反しないように、行政窓口から相談者に対して正式に後続手段を知らせる方法を確立することである。
弁護士へのアクセスは、弁護士会として取り組む。これは、私自身が弁護士会の関連委員会に入って、今後その方法を考察する予定である。
もう一つは労働組合へのアクセスである。
労働組合は、その組織率の低下と共に、その印象は極めて悪いが(注5)、行政が労働組合を勧めればその印象は変わり、実際に、行政経由による労働組合相談というのも増える可能性がある。そのためには、労働組合として、行政に、労組関与がふさわしい事案は労働組合への紹介を行うようなルールの確立を行政に申し入れることであろう。
無論、行政の中立性という建前からすれば、行政が、全労協・ユニオンネットワークのみを紹介すると言うことは絶対にない。そうであれば、全労協、連合、全労連を全て平等に紹介・推薦してもらう方法が考えらるが、行政の負担を考えると可能性は低い。ならば、三者共同のパンフレットを置いてもらう方式や、或いは、それが駄目なら、弁護団共闘方式の労働組合紹介パンフレットを作り、それを行政窓口においてもらうという方法もあろう。弁護士(弁護団)へのアクセスも行政の中立性から弁護士会関与しかないと思われるが、労働団体紹介共同パンフレットを、三者共同で作るとなれば、別途の道が開けるかもしれない。いずれにせよ、それぞれにアイデアを出し合って早急に取り組むべきである。
前者の悪法への対処は、法改正の取り組みしかない。
労働者弁護団はこれまでも労働契約法の制定提言など行ってきたが、更にその取り組みを強く勧めるべきであろう。
立法運動に対しては、現場の労働運動の取り組みを重視する余り、極めて皮相に見る向きもあるが、立法制定は全てが力関係で決まるわけではない。
中曽根以降の労働法改悪はその多くが労働者にとっては厳しいものであったが、全てが全てそうではない。人権の普遍性、正当性の前に、権力も妥協して法制化せざるを得ないときもあったのである。
そうであれば、あらゆるところで、ねばり強く、法改正と立法の必要性を、その理論的正当性を、訴えて推し進めていくしかない(注6)。
(注1)おなじみ熊沢誠氏や島本滋子氏の著作は参考になる。どのように考えるかも、各種論考は参考になる。後続の文献には「最底辺ルポ」の競争という感の著作が多い。
(注2)厚生労働省のホームページによる。
(注3)日本の場合、労働訴訟は年間約3千件である。ドイツとは桁違いである。鳴り物入りで導入された労働審判制度ですら年間約1千件である。
(注4)この行政の労働相談の注目者として重要なのは社労士である。社労士は労働のエキスパートとして会を挙げて深く関与するよう取り組んでいるが、果たして、それが真に労働者の解決に役立っているのかという疑問がある。或いは弁護士との職域問題も絡んで、論ずべき問題点はかなりあるが、ここで論ずるには余りにも紙面が足りない。
(注5)個別労働関係解決促進法が出来てから、第三者からの労働組合への相談は減ったという。一般の労働者からすれば、労働組合よりも行政の方が敷居が低いと言うことを物語っている。尤も、弁護士が、一番敷居が高いが・・・。
(注6)力関係が全てという発想にはついて行けない。多くはそうであるがそれが全てではない。憲法9条の思想は、「力」よりも「正しいこと」の方が強い、という思想であり、私は憲法9条の思想に感銘を受けている。但しこういった問題を論ずるにも紙面は足りない。 |