1. |
はじめに |
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規制緩和と長引く不況を背景に、非正規労働者の増加や、ワーキング・プアの言葉に象徴される「貧困」の拡大など労働者を取り巻く状況は極めて厳しい。
大阪労働局(国の機関)の総合労働相談コーナーへの労働相談数、及び、大阪総合法律事務所(大阪府の機関)への相談件数を合計すると、行政に対する労働相談は、実に、大阪だけで年間約10万件に及んでいる。無論この数字は、相談の重複や紛争性の無い相談も含んでいるが、他方、そもそも行政に相談に来ない水面下の紛争の存在も推測されることから、大阪府下における労働紛争は、実際には相当の数で生じていると推測される。
ところが、紛争処理機関への申立件数は、大阪の場合、行政機関に対しては、年間500件前後、裁判所に対しては年間400件前後である。
そして、大阪弁護士会の労働相談窓口への相談件数もせいぜい年間400~500件である。
要するに、行政への労働相談件数は多数あるにもかかわらず、弁護士会・裁判へのアクセスは極端に少ないのである。
しかも、その相談内容は、解雇、賃金・退職金の不払いないし減額、パワハラ・セクハラ、職場のいじめ、メンタルヘルスなど深刻な相談も多い。にもかかわらず、その後のアクセスは無いのである。
では、そのアクセス障碍になっている原因は何か。
原因を探るのは容易でなく、また、複合的に様々な要因が重なっていることが考えられるが、私のこれまでの経験上(注)、その原因はおおむね次の通りではないかと推察している。
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(1)
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労働法制の不備 |
(2) |
使用者に権利主張する事への抵抗感 |
(3) |
権利回復へ向けての、費用・時間のコスト |
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以下、順に述べる(注)。
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2. |
労働法制の不備 |
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何よりも先ず、法制度上の不備である。
規制緩和による労働法制の改悪が行くつくところまで,行ったと思われる。
雇用契約を脱法する「偽装請負」などは論外であるが、そもそも、法制度上許容されている「派遣」「期間雇用」が問題である。
先頃、政府もようやく「日雇い派遣」を問題視したが、「日雇い派遣」のみならず、派遣労働自体に問題は多い。派遣労働は、原理的には、派遣契約が終了すれば、雇用は終わる。期間雇用も、期間が終了すれば雇用が終わる。つまり、これらの雇用形態は、合法的に「雇用契約の終了」が行われるのである。
そして、再雇用(再派遣)のためには、労働者にとって、不利な労働条件ものまざるを得ない。しかしその「労働条件」は、合法的に「合意」したものである以上、労働条件が不利益であることは訴えようもない。
また、再雇用(再派遣)されず、実質的には「解雇」であっても、法形式上は「契約の終了」である以上、これも訴えようはない。
無論、契約が、「反復更新」されたときの救済法理は、一応、ある。しかし、労働側が勝つには、一定数の反復が必要であろうし、立証その他のハードルも高い(注)。
また、派遣の場合、実質的に力を持っているのは「派遣先」であり、実際は、この派遣先の判断で解雇するのだが、法的に責任を問われるのは「派遣元」にすぎない。真に責任を問われるべき「派遣先」は「合法的に」守られているのである。
同じような事例は、「倒産」事例にも見られる。会社の破産における労働者の解雇に対しては、よほどの事のない限り一般には、労働者は闘うすべがない。それを利用して、グループ会社の一つだけを破産されたとき、親会社の責任を問うのも、まず、難しいだろう。
横行する成果主義賃金体系の元で、「合法的に」低評価されれば、その賃金減額を争うのも難しい。
このように、労働者にとって厳しい事柄が「合法的に」行われると、その「労働相談」に対しては、アドバイスのしようがないのである。
これらの、行きすぎた「規制緩和」によるものは、立法的解決が必要なのであり、その意味では「相談」だけで終わらざるを得ない。 |
3. |
使用者に権利主張する事への抵抗感 |
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では、使用者に違法行為があり、相談者たる労働者の言い分が正しいときに、その労働者が、権利主張が出来るかというとそうでもない。
元々我が国の国民の多くは、権利主張をすることを嫌うと言われている。「和」を尊び、権利主張するものに対する圧力も強い。ましてや、雇用関係にある中で、その使用者に対して、一人で訴えるとなれば、大きな抵抗を覚える者が多い。
例えば、残業未払い賃金請求事件でも、在職中に請求することをためらい、次の職を見つけて退職したあとに、前会社を訴えてほしい、という依頼はよく経験する。
権利主張したあとの、使用者からの嫌がらせなどのさらなる不利益が想定される事に加えて、同じ労働者仲間からの孤立も想定される。
或る意味で、労働者が分断されていることからの悲劇であり、それは労働組合の組織率減少から生じた結果とも言えるだろう。
このことからも、労働者が、行政へ相談する理由は、大変よく分かる。
それは、相談した労働者が誰であるかを使用者に知られず、そして、労働者自身の負担のないままに解決してほしい、という要望なのである。
この理由に寄るアクセス障碍は極めて多いものと思われるが、その克服策はかなり難しい。その「訴え」に反対であっても、「訴えること自体は尊重する」という国民的風土にならないと駄目であろう。
少なくとも、使用者を訴えた事によって、いかなる不利益を受けないような、立法的、社会的保障が必要である。 |
4. |
権利回復へ向けての、費用・時間のコスト |
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行政に相談する理由の一つは、相談が無料であることが大きい。
ワーキング・プアといわれる状況下で、果たして、救済してもらえるかどうか分からないにもかかわらず、相談料を払うというのは、労働者に取って、かなり厳しい。その意味で、行政相談が「無料」であるのは、相談のしやすさという点で極めて大きな要素である。
私が、とある裁判所へ行ったとき、そこには、社労士会と弁護士会の2種類のチラシが置いてあった。社労士会は「労働相談無料」と記されており、片や弁護士会は「相談料、30分5250円」とある。これで、弁護士会に、労働相談が来るであろうか。
私達、上野執行部は、労働者の労働相談は無料にすべきと考えて、関係各委員会に諮っている。
更には、労働者に対して、労働裁判費用の貸し付けを行っている豊中市の制度などもある。裁判費用を捻出出来ないために、裁判が起こせず、権利の実現の障碍があってはならないとの理念のもとに、労働者に費用を貸し付ける制度である(注)。この豊中市の制度などは他の自治体にも広げていくべきであろう。
このような、費用の問題は、早急に、改善していくべきであろうと思われる。
しかも立証責任の問題等も含めて、裁判に時間がかかるという問題もある。
労働審判制度は司法改革の労働の分野における目玉として制定された、個別紛争の解決を対象に、早期に解決するとする制度である。幸い、利用者にとっては使い勝手の良い制度であるとして、おおむね好評のようであるが、利用件数は、実際の紛争件数からすれば少ない。
今後、この制度の利用を増やしていく工夫が必要であろう。 |
5. |
労働問題特別委員会設立の意義 |
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以上のような問題認識のもとに、労働問題特別委員会を設立した。
「泣き寝入り」の実態把握へ向けて「検証」をすると共に、実体法制・手続き法制の調査・検討、新たな立法提言、労働相談担当専門員のスキルアップや即応体制の確立、紛争解決機関との連携等を担うべきと考えた委員会である。
大阪弁護士会の委員会である以上、労働側弁護士、使用者側弁護士の双方からなる委員会である。この意義は大きい、と私は考えている。先に挙げた豊中市の労働裁判費用貸付制度を広げるべく、大阪労働者弁護団と民法協で集会を開いたことがあるが、残念ながら、結果的には何ら影響力は無かった。
単に、労働側の集団が何か行うよりも、大阪弁護士会が行う方がその影響力は大きいであろう。
無論、先に挙げた、労働相談無料によって、大きく弁護士に相談が増えるということは無いだろう(前述の通り、アクセス障碍の原因は、労働相談有料が主たる問題ではないからである)。
しかし、一人でも、二人でも、その救済につながれば、意義はあったと言える。
労働問題特別委員会も、紛争解決の一助となれば、設立の意義は大きいと考えている。
(注)私は、25年以上にわたって、主に労働側弁護士として仕事をしてきた。現在、大阪労働者弁護団副代表、連合大阪法曹団幹事でもある。
(注)行政相談数と弁護士へのアクセス数への乖離から、弁護士の需要があるはずとして、「法曹人口増員論」の根拠材料にされるのは、私の本意ではない。労働者の救済の多くは、立法的解決など、構造的に解決がはかられるべきものが多く、個別、個別に弁護士が関与していくことによって救済が図られるのは極めて限られている。
(注)無論、回数だけが判断要素ではない。
(注)この制度は、「地域司法計画」でも紹介させて頂いた。豊中市の制度は、弁護士にとっても、ボランティアで受任することが無くなるので有り難い制度である。ちなみに、この豊中市の制度利用者第一号は私である。 |