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非正規労働に未来はあるか |
2008年9月13日、大阪弁護士会館において、近弁連主催の人権大会プレシンポジウム「非正規労働に未来はあるか」が開催された。参加者は165名。
以下、報告する。
冒頭に森田重樹近弁連理事長の挨拶が行われた。日本はかつて総中流と言われた時代があったが、いまや、非正規・ワーキングプアの増加により状況がかわった、そのような社会はもはや生存権の侵害とも言えるという指摘とともに、日弁連の人権大会につなぐ本プレシンポジウムの意義が述べられた。
第一部は、実態調査報告である。まず現場労働者からの報告である。大阪市営地下鉄清掃事業が、大阪市の入札(注1)による為に低賃金を始めとする厳しい労働条件であること及び勤務先会社が落札しないと解雇になる実態が説明される。
次いでダイキン工場での派遣労働が腱鞘炎になる労働災害実態やいわゆる偽装請負摘発後も何ら変わらない厳しい労働実態あるとの報告がなされる。
更に、派遣を繰り返した労働者から、いずれの派遣先においても不透明な労働条件の上、問題点の指摘や何らかの権利主張をすると、すぐに解雇されるという実態が告げられる。
最後に、勤務先会社が、非正規労働者数が3倍以上に増えており、この非正規雇用による人件費削減分が正社員の賞与の財源となっていること、直接雇用を求めて労働組合を作ったことの不安や意義等が述べられ、派遣から有期雇用に変わったものの、このあと正社員にになれないと解雇となるという厳しい実状が語られる。
いずれも、非正規労働者の不安定な雇用が、労働者の地位を低くし、厳しい労働条件をのまざるを得ないという実態が現場からの報告から伺える。
そして調査にあたった弁護士が分析する。非正規の共通項は、低賃金、ダブルワーク、期間雇用、不安定雇用ゆえ権利主張し得ないプレッシャー、正社員との意思の不疎通等。
次に日弁連6月21日全国一斉「非正規労働と生活保護」電話相談の報告。コール数8609件、つながったのが1488件、接続完了率17.2パーセントという数字から、この問題における多数の相談の推測と相談内容の深刻さ、とりわけ単純な法律無視の現状が報告される。
自己破産者の実態調査においては、労働者破産の63パーセントが非正規、年収240万円以下が7割。また、労働者破産の3割がワーキングプアである。しかも、「ぎりぎり」層「パラサイト」層(注2)などはワーキングプアと変わらない。そして、低賃金、不安定雇用の人たちが本来福祉のネットで救われるはずが、結局は、労働、福祉、どちらのネットからも救われていない悲惨な実状がある。
自己破産申立の依頼を受け、免責を得て弁護士の仕事は終わる。しかし、人権擁護を使命とする弁護士として、それで果たして良いのか、と弁護士の役割へ向けての内省的指摘もなされた(注3)。
第二部は、森岡孝二関西大学教授の基調報告である。
森岡氏は、冒頭に、言葉が実態を分かりやすくすることがある事を述べる。
「過労死」という言葉はその一つであり、実態を的確に伝えて広がったように、今日ではそれが「ワーキングプア」であるという。
その上で、貧困大国ニッポンの実状が挙げられる。現在日本は、OECD諸国先進17か国中で、相対的貧困率はアメリカに次いで2位であり、逆に、貧困率改善度(注4)は最下位である。非正規雇用の増大と共に、低所得雇用者は増大し、2007年では、年収150万円未満雇用者は25・4%、年収300万円未満雇用者は51・9%である。同氏の数字を使っての説明は説得力がある。
これらの実態を生み出す構造は「雇用の外部化・間接化」(注5)にあり、このために雇用の場に「市場原理」が入り込み、「労働は商品ではない」というILO原則を破っていく。これは「蟹工船」化を意味する。
同氏は、このような構造を生み出した「格差拡大の日本経済再生戦略」について著名な1995年日経連提言以降の歴史を述べる。そして、規制緩和論者の言葉を引用し、批判する。最後に、20年に及ぶ「過労死110番」運動により、前進した点もある。今こそ、ディーセントワーク(まともな働き方)を進めるべきである、として締めくくられた。
第三部は、パネルディスカッションである。パネリストは基調報告者の森岡氏の他に、大内伸哉神戸大学大学院教授、迫川緑関西テレビ記者、谷口伊三美大阪市生活保護ケースワーカー、内藤進夫アルバイト派遣パート関西労働組合副代表の5氏である。
大内氏は総論の認識には変わりはないが、解決策が違う、私は外部労働政策に期待する。また、法ルールそのものが悪いのか、ルールは良いが無視するというその適用が悪いのか、を区別して論ずべきである。後者の点は、非正規にかかわらず、正規にもルール無視はあるが、弱いところに出ているに過ぎない。
森岡氏は、公務労働が今、非正規の最前線である。過労死とともに貧困が広がっている。という現状を話される。
内藤氏は、派遣先の簡単に契約打ち切りする現状を伝える。期間雇用雇い止めなら違法でないかもしれないが問題は変わらない。つまり制度自体が問題であるとする。
谷口氏は、生活保護の実状として月収6ー7万円のタクシー労働者や、担当する生活保護世帯の子のうち高卒者の子を調べると大学へ行った子は一人であり、就職した4人も非正規などの実状が語られる。
迫川氏は、正規労働者についても成果主義のもとに競わされている。そして、会社がつぶれたら元も子もないという。それを御旗に働かされる現状が指摘された。
その後のパネルディスカッションの全体を伝えるには紙面がない。そこでいかになすべきかとの点で大内氏の指摘のみを挙げる。
大内氏は、労働現場に明々白々の違法がある。先ずそこをただすことから始めるべきである。驚くべきほど労働法は知られていない。また労働組合は憲法で団交権が認められるもので力がある。その凄いパワーを使うべき、という。また格差是正の救済のために、最低賃金を上げるのはどうか。社会保障を充実させると勤労意欲を失う。正規雇用を得る為に何をすべきか。労働者が雇われる資質を高める。しかし、世界的には職業訓練はうまくいってない。仕事をしていることが何よりも職業訓練で、結局「どうどう巡り」になっている。良い雇用についていなければ、良い訓練にならず、良い職業に就けず。この問題は難しい。
更に、就職氷河期によりたまたま非正規となったものが非正規から脱却出来ないというのは全く理不尽であり、これは真剣に考えるべきと思っている。
最後に消費者側の要求が強すぎる。列車でも、宅急便でも、わずかの遅参のクレームのように、消費者側の過重な要求は、過重な労働を生むのであり、日本では、労働者の論理よりも生活者(消費者)の論理が優先されている、その考えを何とかしないと思っている。
最後に、尾藤廣喜実行委員長からまとめが行われ、シンポは終了した(注6)。
この日のシンポの意義は大きい。まず非正規労働の実状を直視し、これは人権問題であることを認識すべきであろう。そして、このプレシンポの成果を人権大会につなげ、更にそのあとも弁護士会として、非正規労働者の人権擁護の為に更に活動していくことが必須であろう。 |
(注1)行政の論理からは当然とされる「競争入札」は、入札する会社からすれば、労働者の賃金の切り下げ競争にもなりかねない。この、行政と労働の交錯分野の法規制こそ必須の課題である。
(注2)いずれも生活保護は受給していないが、「ぎりぎり」層とは、医療費や公租公課の自己負担を考慮すると、実質は生活保護世帯以下となるもの、「パラサイト」層は、親の援助を受けているために生活保護受給者でないだけで、いずれも実状はワーキングプアと変わらない。
(注3)当会の事務職員の内、非正規の占める割合は49パーセントであり異常に高い。不安定雇用を減らすべく、先ず足もとから正す必要があるだろう。
(注4)貧困率は低くとも、税や社会支出により貧困率が改善されていればまだ救われるが、日本は貧困率が低い上に、改善率は最下位なのである。
(注5)派遣や、アウトソーシングなどのように、実質は、労働の提供を受けながら、直接の雇用契約を結ばなかったり(外部化)、仕事そのものを別会社にまかせること(間接化)を示す。直接雇用しないために、実質的には、労働者の権利は守られにくい。
(注6)正確には、この日この「まとめ」のあとに、当会における労働側の労働相談無料化の実施が正式に発表された。 |
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