大川法律事務所
サイトマップ お問い合わせ
 
 
トップページ
トピックス
弁護士等紹介
事務所案内
取扱業務
ご相談窓口
弁護士Q&A
費用について
主な活動
講演記録
コラム
主張
趣味の頁
お薦め交渉学ー「ハーバード流」から「橋下徹」まで

はじめに

 日本人は「交渉下手」と言われる。その真偽は不明であるが、書店に行けば、「交渉」に関する書物が山のように溢れている。一方、弁護士はその職務上「交渉」は不可欠である。しかし、必ずしも体系的に勉強することは少ないであろう。法友倶楽部では、一色正彦教授をお招きして研修会を行うとともに、それと連動して、若手弁護士向けに、改めて「交渉学」の文献を整理してみた。もっとも交渉本は山とあり、もとより全てをカバーしたわけでない。
 さて何百とある「交渉」本であるが、交渉学の王道「ハーバード流」を基軸にすれば、おおむね次のように分かれる。基本的にハーバード流に沿っているモノ、ハーバード流ではないが正統派系(多くは、ハーバードを意識している。ハーバード流を批判しながらも、結局ハーバード流というのもあるが)、最後はハーバード流とは全く関係ないモノである。以下、順にご紹介する。
 
一色先生は ー お薦めの9冊

 まずは一色先生推薦の図書をあげる。次の通りである。
①「売り言葉は買うな!ビジネス交渉の必勝法」一色正彦・高槻亮輔 日本経済新聞出版社
②「ビジュアル解説 交渉学入門」田村次朗・一色正彦・隅田浩司 日本経済新聞出版社
③「交渉の戦略~思考プロセスと実験スキル」田村次朗 ダイヤモンド社
④「新ハーバード流交渉術」ロジャー・フィッシャー、ダニエル・シャピロ 講談社
⑤「交渉の達人」ディーパック・マルホトラ・M.H.ヘイザーマン 日本経済新聞出版社
⑥「交渉からビジネスは始まる」ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 ダイヤモンド社
⑦「心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす」ジェラルド・ザルトマン Harvard Business School Press
⑧「コンテキスト思考 論理を超える問題解決の技術」杉野幹人、内藤純 東洋経済新報社
⑨「それでも話し始めよう アサーティブネスに学ぶ対等なコミュニケーション」アン・ディクソン、アサーティブジャパン監修 クレイン社

 ①②は一色先生も執筆者の一人である。⑦から⑨は関連図書ということで直接の交渉学ではない。しかしながら⑨は一色先生が講演の中でもわざわざ指摘されたお薦め本である。
 さて本来はこの9冊を解説すれば事足りるはずであるが、実はこの9冊、①を除いて書店でまず手に入らないのである。やむなくアマゾンで(いわゆる古本を)注文するのだが、見事に市場原理が働いている。つまり、定価の3分の1以下の値段もあれば、逆に、定価以上のものもある。ちなみに⑨は定価以上でかつその内容は示唆に富む。他の書物は定価以下である。この売り方は書物の人気度を端的に表していると言えよう。
 ①はわかりやすく一色先生の講演とほぼ類似しており、別項研修委員会レポートと平行して読むと分かりやすい。あとは⑤が体系的にきちんとしている。初期のハーバード翻訳本になかった心理学からの観点や、後述するダーティテクニックを含めて、用語集と索引が充実しているのが嬉しい。お薦めである。

まずはハーバード流

 交渉学といえば「ハーバード」である。大阪人の家には「一家に一台」たこ焼き器があるように、弁護士の書棚には「一人一冊」ハーバード流交渉学は必ず買い置かれているという名著である。
 私も「ハーバード流」と題する交渉本は古くからたくさん持っている。かつて私が弁護士成り立てのころに購入したTBSブリタニカ編が、最近では同じ書物が「必ず望む結果を引き出せる!ハーバード流交渉術」(三笠書房)として発行されているなど、結構色々な形で(同じ本が翻訳を変えただけであるなど)発行されていることがわかったが、とにかく実にたくさん出ているのである。
 そのエッセンスは、「人と問題を切り離す」「立場でなく利害に焦点をあてる」などいくつかの原則とともに、「ウィンウィン」の思想として知られている。つまり交渉の双方ともが「Win」することを目指すというものである。その例として「レモンの教訓」があげられる。一つしかないレモンを、姉弟の二人がいずれも自分がほしいという。しかしよく聞いてみると、弟はレモンの中身がほしい、姉はマーマーレードを作るための皮がほしい、かくて双方の「真意」を聞いて、皮と中身を分けて「WinWin」ということである。交渉とは「食うか食われるか」であるというそれまでの認識を一変させた革命的発想である。
 しかし、何故ハーバード流であるのか。私はこれはアメリカの大学ではどこでも「交渉学」は教えており、ただ、ハーバードが大学として超一流だから、売るために「ハーバード」を銘打っているのだろうと思っていた。日本で言えば「東大式」と銘打つのと同じですね。
 ところが一色先生の話では、確かにアメリカでは各大学で交渉学は教えているが、ハーバードは伝統があり進んでいる上、その交渉学の手法を特許にしているという。しかもその収益はただならない、というのである。う~ん。恐るべしハーバード。 
 さて数あるハーバード系のお薦めは一色先生も薦められている前記④「新ハーバード流交渉術」であろう。旧来の「ハーバード流」も冒頭に要領よくまとめられている上、従来の「ハーバード流」で足りないと指摘されていた「心理」「感情」の面も対象とされている。もう一冊をあげるなら「日本人のためのハーバード流交渉術」(ラリー・クランプ・日本能率協会)か。日本流もハーバード流も「駆け引きを嫌う」という共通項があると分析しているのは興味深い。

正統派系あれこれ

 ハーバード流以外の正統派のことである。といってもハーバードを意識した書物も多い。
 ハードカバーから新書まで実に数多くあるが、以下印象に残った3冊をあげる。
 「FBIアカデミーで教える心理交渉術」(ハーブ・コーエン・日経新聞社)。前半にソビエト型(古い!)交渉術とその対抗策を述べ(ここは面白い)、後半はいわゆるWinWin型交渉術を展開する。ならばハーバード流かと思いきや、実は「ハーバード」の文字は何処にも出てこない。そして、最後に驚くべき事に、WinWinは筆者が考案した、とある。参りました。「元祖争い」はどこにもあるということか。
 「無理せずに勝てる交渉術」(G・リチャード・シェル・TBSブリタニカ)。こちらはペンシルベニア流である。筆者は同大学で交渉学を教える。ハーバードの「バトナ」のように、ペンシルベニアでは「レバレッジ」(相手の状況認識とともに変化する優位性)が重要なキーワードとなる。
 「交渉力 最強のバイブル」(ロイ・j・レビスキー他・日経新聞出版社)。著者はオハイオ州立大学など3つの大学の教授による共著であり、テキストとして作られたという。ハーバード、ペンシルベニアは当然意識しており、テキストだけあって体系的であり、かつ網羅的である。しかも、ふんだんに織り込まれた図表は詳細で全体としてかなり読み応えがある。また、コラムも面白い。ハーバード以外のお薦めならこの一冊か。

恐るべし奇襲戦法系

 今回、交渉本を読み漁って気付いたのは、交渉学は将棋の指南書と大変似ているということである。つまり、将棋で言えば正攻法の指南書がある(例えば「羽生の頭脳」)。さらに一部に絞った戦術本もある(例えば「速攻!ゴキゲン中飛車破り」など)。これら正攻法はまさしく「ハーバード流」である。ちなみに、マーク・マコーニックは「OKを必ずもらう交渉術」(大和出版)において「交渉はチェスに似ている」と述べている。
 しかし将棋に「鬼殺し戦法」や「角頭歩戦法」の奇襲戦法があるように、交渉においても奇襲戦法があるのである。
 しかし奇襲戦法は所詮ダーティテクニックであり、使うべきではない。つまり正攻法で正しく受け止められるとあえなく玉砕してしまうのである。しかし知らずして奇襲戦法に出会ったときのその破壊力たるや将棋ファンならご存じであろう。奇襲戦法にこういう妙味があるのと同様に、交渉においても同じダーティテクニックがある。
 実は、このダーティテクニック系がなかなか面白いのである。
 例えば、「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」最初に相手が拒否する大きな要求をして、拒否されると、要求を小さくしていくテクニックである。いるでしょ。こういう人。「最初にバーンといてかませ」という奴ですね。「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」これは先と逆に、小さい要求から飲ませていくというテクニックである。少しづつ足(フット)を入れていくんですね。ダーティです。「ロー・ボール・テクニック」好条件を一杯つけて(ロー・ボール)応諾させておきながら、あとから条件を何のかんのといってはずしていく手法である。ダーティというよりもはや詐欺ですね。その他、色々ありますが、こんな手法は使ってはいけません。(関心ある方は、文庫本系をお読み下さい。)
 ちなみに「ヤクザに学ぶ」系も同じです。書名に「交渉術」とあっても、小見出しを見ただけで「脅しのテクニック」「相手のミスは徹底的に突く」などなど、およそまともな交渉術ではありません。無論、読んでいる分には面白いですけどね。

弱気なあなたに ー 弱者対象系

 題名に、そのものズバリ「弱者」を対象とした書物も多い。
 「Noと言えないあなたの気配り交渉術」藤田尚弓・ダイヤモンド社
 元銀座ホステスが、その客あしらいの経験を生かしてまとめたもの。読み物としては面白い。たぶん北新地でもこんな風にあしらわれているのでしょうね。
 「弁護士が教える気弱なあなたの交渉術」谷原誠・日本実業出版社
 著者は弁護士。ハーバード流を勉強したが役立たなかった、それはハーバードはテクニックだけであったからとして「心を知る」ことの重要性を訴える。経験に裏打ちされた交渉術として読み手を引きつけるが、実は、ハーバード流は、決して「心理」を無視しているわけでない。著者はそれも知って書いている、という気もしないではないが…。
 「弱気な人の交渉術」岡田宰・ごま書房。こちらも著者は弁護士。しかし、こちらはハーバードとは無縁。体系的ではないが「19の原則」と整理しているのは面白い。正統派からすれば「序盤はより厳しい条件」など、どうかと思う手法も多いが…。

そして著者個性系

 最後に著者が著名人であるケースをあげる。
 まずはご存じ佐藤優氏。「交渉術」(文藝春秋)である。氏がロシア担当外交官時代の内幕話であり、「ロシアのハニートラップ」「賄賂の渡し方」など普通に読み物として面白い。全編対ロシアであり、まさしく外交交渉である。しかしこれは「交渉術」ではない。実は著者自身「あとがき」で、これは失敗の記録でありこの通り交渉すれば失敗する、とまとめる。見事である。
 内藤誼人「絶対相手にNoと言わせない心理交渉術」「相手を動かす暗示交渉術」著者は心理学者で多くの書物を出版している。前著は2002年の発行である。心理学としては実に興味深いが、交渉という点で見ればダーティテクニックとも言える手法が紹介されている。例えば「ボルウエア戦術」(提示条件を絶対に変えない戦術)には、一旦相手の条件を丸ごとのんで、後から、前提が変わったとか何とか述べて、変更を促す手法が紹介されている(先に紹介した「ロー・ボール・テクニック」ですね)。これは心理学的には正しい。全く正しい。人は一旦合意すると、合意を前提とした心理が働き後戻りしにくいからである。しかしこれはダーティテクニックであり、「あの弁護士はそういう手法を使う」と思われれば、以後は使えない。心理学としては素晴らしくとも「交渉」にそのまま使えるとは限らないのである。
 ロベルト佃「世界基準の交渉術」ワニブックス
 書店で見つけた。パラぱらっと立ち読みしたが、サッカーファンでないため、脳が受け付けず、買わなかった。
 瀧本哲史「武器としての交渉思考」
 著者は京大の人気教授で幾つも本を出している。「交渉」と銘打ってあるため、今回買って読み始めたが読んでみて驚いた。この書はお薦めである。読みやすい上、ハーバードの基本を忠実に紹介している。最初に読む本として最適ではないだろうか。
 そして橋下徹「最後に思わずイエスと言わせる最強の交渉術」(日本文芸社)である。
 私は、橋下氏の政治姿勢、そのスタイルには、全く相容れないものであるが、本書が氏の弁護士6年目の時期に発行されたことを考えると実に凄い。同氏は、人を動かすのは、「合法的な脅し」「利益の提供」「ひたすらお願い」のこの3つしかない、と言う。そして、論理のすり替え法や、相手の主張は二者択一にまとめよなどダーティテクニックをちりばめて彼なりの交渉術を述べる。体系的ではないが、この書物は(彼がその後もこの手法を使っているという意味でも)注目に値する。
 
最後に

 交渉についても、その論理を知って、体系的に取り組めば「交渉」の成果が上がる事は言うまでもない。
 まずはその体系を身につけることが必要であろう。

 (2012年10月2日発行「法友」121号所収を修正)

コラムに戻る
ページの先頭に戻る
 
Copyright Okawa Law Office