少し遅れて会場に着いた。
そして、会場に入ったとたん、満員の客席とよく通る水谷修先生の声にいきなり圧倒された。かの有名な「夜回り先生」を、私が初めて見た瞬間である…。
日弁連は一年に一回全国各地持ち回りで、「人権大会」を開いている。2012年度のの開催地は佐賀である。55回を数える人権大会の最後の開催県でもある。
いつのときも人権大会シンポジウムの目玉は、メインの会場で行われるメインの報告・講演である。それが、今回は、水谷修先生であった。
私は一番大きい会場で開催されたこのメインたる第二分科会に参加した。
第二分科会のテーマは「強いられた死のない社会をめざして」であり、自殺のない社会を実現するために我々弁護士(会)の出来ることを探るというものである。
水谷先生はその教師生活のほとんどを少年の非行・薬物問題に捧げ、深夜パトロールを続けて若者の更生に力を尽くしてきた。誰が名付けたか、人読んで「夜回り先生」。
私は水谷先生の名前や深夜パトロールの実践などはマスコミ等を通じて、ある程度は知っていたが、直接話を聞くのは初めてであった。
会場は、教職員関係者や地元高校生の一般参加も含めてぎっしり満員である。会場に遅れたことは前述の通りであるが、お陰で、関係者に案内されて前方の特等席に座らせてもらった。
水谷先生の講演は、「素晴らしい」の一言に尽きる。
ペーパーレス、アイコンタクトで、流れるように話す。「あーうー」や「あの」「その」の類は一切無い。無論、だからといって平板に同じ調子で流すのでは無い。時には熱く声を上げて、時にはゆっくり静かに、と緩急をつける。
そして「子供たち、聞いているか」と間に挟み、「こういう経験がある人は手を挙げて」と聞き手に手をあげさせて参加させる。実に見事である。この講演技術は、ぜひとも弁護士向けの研修のモデルにすべきであろう。
ここまで述べたところは、ある意味で「テクニック」であるが、無論中身も凄い。実体験に基づき、事例を紹介し、既存の教育体制、既存の医療体制の誤りを指摘する。
「携帯を子供に持たせるのは、3歳の子に包丁を持たせるのと同じ」
「大人の人。『夜にラブレターを書くな』の言葉は知っていますよね(翌朝読み直して恥ずかしくなる)。夜は仕事をしてはいけない、せめて携帯は午後9時から翌朝6時までは使わない」
「リストカッターは約100万人。死ぬためにリストカットしているのではない。『生きること』を確認するためにしている」
「心を病めるものに『複合投薬』する精神科医は『殺人者』である」
「幸せな人しか、不幸な人は救えない」
「心の病は体から」
そして打つべき対策として、夜は寝て、昼間は体を動かすべきという「夜回り先生」の真骨頂に話が移る。
弘法大師の考えた「お遍路周り」には先人の知恵があるという。体を動かし、そして静かに思いを馳せる。ここに心の安心を取り戻す一つの真理があるという。
持ち時間を過ぎての圧倒的迫力の講演に会場は割れんばかりの拍手。
休憩時に、水谷先生の著書のサイン会が始まる。著書は「夜回り先生」など多数。近著は「夜回り先生いじめを絶つ」。私も新著を購入してサインをもらった。書かれた言葉は「春来」。実に、力強い筆跡であった。
その後は、報告とパネルディスカッションと移るのであるが、私が印象に残ったのは、何と言っても茂幸雄氏である。同氏は自殺の多発場所、福井県東尋坊で自殺予防に取り組んでいる方である。こちらは、人読んで「ちょっと待ておじさん」。
昼間の明るい内は人の気配は無いのに、夕方以降、東尋坊の絶壁に人が来る。そして、飛び込んで自殺をしようとする人に、「おじさん」が声を掛けるのである。
自殺しようとしている人に、後ろからいきなり声を掛けたら、かえって驚いて海に飛び込んでしまうのではないかと思われるかもしれない。事実、茂氏はそういう質問をしょっちゅう受けるそうである。
実際はどうか。声をかけられて、飛び込んだ人はいない、という。
茂氏は話しかけ、そして、話を聞き、そして自殺を思い止めさせるのである。彼が助けた人は約400人。
人は話を聞いてほしいものである、という核心は、生きていく上で「人のつながり」の重要性を改めて明らかにしている。
茂幸雄氏は元福井県警警察官で、現在はNPO法人心に響く文集・編集局代表理事。自殺志願者の支援に取り組む。著書に「自殺したらあかん!東尋坊のちょっと待ておじさん」等。こういう地道な運動をされている茂氏にも心を打たれた。
日弁連人権大会で知ったお二人を紹介するとともにその書物をお薦めする次第である。
(2012年12月21日発行「法友」122号を修正) |