大川法律事務所
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労働事件の相談を受ける際の留意点〜労働弁護士の立場から
1. 近時の状況
 
(1) 労働事件の増加

 主に労働側の労働事件を扱ってきた24年目になる弁護士です。
 近時の特徴として、個別労働事件の増加が挙げられます。逆に、集団紛争は減少しています。平成13年制定の個別労働紛争解決制度の導入により設けられた全国300箇所への総合労働相談コーナーへの労働相談は年々増加し、平成17年には年間約90万件となりました。
 無論、全てが紛争になるものではありません。しかし、我国において労働者が約6000万人いること、日本とよく比較されるドイツでは、労働裁判所に持ち込まれる訴訟件数が年間60万件であることを考えると、我国でも労働事件は実際にはかなりあると推測されます。
(2) 紛争解決処理制度の多様化

 個別紛争の増大に伴い、紛争解決の為の制度が色々と出来てきました。 先述の個別労働紛争解決制度の導入の他、2006年4月からは裁判手続のひとつとして「労働審判制」が導入されました。迅速を売り物に3回の裁判で解決するというのが特徴です。前者の行政ADRは広く利用されていますが、後者の利用件数は今のところ少ないのが実情です。
(3) 隣接士業の労働事件への参入と弁護士の意識の変化

 近時の状況として、弁護士以外に、司法書士、社労士という隣接士業が労働事件へ参入してくるという状況があります。これら隣接士業の導入については弁護士法72条との関係で、隣接士業の職域についてはきっちりと把握しておく必要があります。また、弁護士の意識としてもかつての「総労働対総資本」の時代と違って、労使双方の事件を扱うという弁護士も増えてきました。労働審判制開始を前にした弁護士アンケートで「労使いずれの事件も行いたい」というのが一番多かったという調査結果もあります。
2. 労働法分野の特徴
 
(1) 法体系上労使自治の領域が多い

 次ぎに労働法分野の特徴を述べます。
 民法であれば、相談を受けたとき極端に言えば「契約」と「法律」を知るだけで良いと言えますが、労働法分野では、「契約」と「法律」以外に「労使自治」の役割が重要です。
  むしろ、個別契約を修正する労働協約の方が重要です。労働法では、「法律」「労働協約」「就業規則」「個別契約」の効力関係を知ることは基本です。
(2) 判例法理によるところが多い

 更に、労働法は、労働法の法規だけが法源になっているというよりも、判例の役割が極めて大きいものです。例えば、労基法18条の2は、2004年に新しく追加されたものですが、それまでは、解雇の正当性について法規はなく、判例に委ねてられていました。いわゆる「解雇権濫用の法理」です。この判例法理を知らなければ、解雇の当否について判断はできません。
  或いは、今日、就業規則の変更による労働条件の不利益変更の紛争は数多くありますが、これを解決する法理は、いわゆる秋北バス事件判決以来の判例法理によっています。この判例法理を知らなければ、労働条件の不利益変更が有効か無効かは答えられないでしょう。このように、法文だけではわからない判例法理によるところが多いというのも労働法分野の大きな特色です。この点は、労働事件の面白いところでもあります。
(3) 法律の改正と特別法に注意

 法律の改正はどの分野でもあるところですが、労働法の分野では、1985年までは大きな改正はなく、同年以降は、いわゆる規制緩和のもとに大きく改正されています。現在は、労働契約法と労働時間法制が(まだ改正されていませんが)論点です。また、どの分野でも同じですが「特別法」には注意しなければなりません。例えば、賃確法ですね。
3. どういうルートからの紹介か
   さて、労働事件の相談にあたっての「近時の状況」と「労働法分野」の特徴を述べました。次は、具体的な相談にあたっての注意事項です。
 
(1) 労組からの紹介の場合

 事件の処理にあたって、どこからの紹介であるかというのはその事件の解決の為の手法を選択する場合に必ずしも決定的な要因ではありません。 しかし、解決に至る段階で、どこからの紹介であるかが影響すべきこともありますので、紹介先を意識しておくことは重要です。

①労組の性格について

 私自身は、労組からの紹介事件というのは結構あります。この場合、労組の性格を知っておくことは解決へ向けて役に立ちます。即ち、弁護士委任の後、どの程度協力してくれる組合か、或いは、解決段階でも組合の維持(組合員が辞めないように)をどの程度考えている組合かを知っておくことは重要です。 ②別組合のあるとき、ないとき

 別組合があるか、ないかでも会社の対応は違ってきますので、別組合(それが多数労組かどうかも含めて)の存在を確認しておかねばなりません。尚、組合については連合=連合大阪法曹団、全労連=民法協、全労協=大阪労働者弁護団という緩やかなつながりがあります。
(2) 労組以外の紹介のルート

 前述の労組以外の紹介のルートとして自治体相談、弁護士会、弁護団の配転、その他があります。いわゆる労務ゴロと言われる労組等を渡り歩く不当の輩-労働組合運動とは何の関係もないもの-のいることは念頭におく必要があります。
(3) 他に相談していたケース

 医師のセカンドオピニオンのように、他の弁護士に相談しているケースもあります。若い弁護士には嫌う人もいますが、これはむしろチャンスです。他に相談しているということだけで、敬遠しないようにして下さい。
4. 相談者からの事情聴取と証拠収集について
   いよいよ具体的に話を聞きます。
 一般的な民事の相談にあたっての留意点は「新規登録弁護士のための民事弁護ハンドブック」(日弁連・弁護士業務改革委員会発行)が詳しいので、是非これをお読み下さい。私自身改めて読み直しましたが、一般的注意事項として必要なことは全て網羅されています。
 例えば、相談者に対して「厳しすぎるのも迎合するのも禁物である」とあります。或いは、民事訴訟は和解で終わることが多いので、和解で解決することの多いことを説明しなければならないが、初めから和解のことを強く言うと「手抜き」と思われる、とあります。
 更には、弁護士は意見を求められることが少なくありませんが、この場合も、方針は押しつけてならないし、さりとて意見をいたずらに回避してはならない、とあります。要するに、中庸の精神が繰り返し述べられています。弁護士は両様の方向を指摘しつつバランスよくアドバイスを行うことが重要と言うことですね。
 さて、民事の一般的な相談をうける場合の注意事項を述べました。これからは、労働事件固有の問題です。
 
(1) 問題の特定

①相談にあたっては、相談者の抱えている問題がどのような紛争なのか、何が問題となっているのか、事実を詳しく相談者から聴取する必要があります。
 労働事件は、しばし背景が長いことが多いので背景を聞くことも重要ですが、過去の背景にとらわれることなく、今、何が問題なのかを正しく把握する必要があります。②次ぎに、法的評価と相談者の認識・用語の違いを意識して聞く必要があります。つまり、市民・労働者が法律を知っているわけではないからです。言葉の違いに注意しなければなりません。
例えば、出向と転籍について正しく認識していなかったり、「外部出向」「内部出向」という区別をしていたり、或いは、解雇と雇い止めについて、法的には「雇い止め」なのに「解雇された」と言っているケースなど、法律用語と違う使い方をしているケースは幾つもありますので、用語の意味は注意しなければなりません。しかも問題は、法的に一見間違った認識をしているように見える場合でも、実質はそちらが真実ということもありますので、やっかいです。例えば、先に述べた「解雇」について、書類上は期間雇用の契約書に基づくもので法的には「雇い止め」であっても、それが繰り返され、社内的には誰もが「解雇」と呼んでいる場合は、期間雇用が骨抜きされているのが真実ということもあるからです。従って、一見間違っているように見える使い方も、間違っているからと聞き流すのではなく、注意深く聞く必要があるというわけです。
(2) 理由の調査

①使用者が相談者に対してどのような理由説明をしているのか、相談者から聴取し、その当否を判断する
 事件によって色々ですが、「配転」の理由、「労働条件切り下げ」の理由、「解雇」の理由など、使用者の説明する理由の説明を正しく把握しておく必要があります。②建前の理由と真の理由
 さて、前述の理由は、(労働者が不当であるとして相談に来ている以上)あくまで「建前の理由」でしかありません。そうであれば、相談者を狙った何らかの「真の理由」があるはずです。この点の理由は、相談者から聞いておかねばなりません。言い換えれば、この真の理由がない場合は、勝訴の可能性は低いでしょう。③背景を探る
 直接の紛争に至る前の背景は、出来るだけ詳しく聞いておかねばなりません。それは、紛争の実質を把握し、ひいては前記②の真の理由の把握につながることです。尚、労働者が関係者等を前にして本音を言えないことのあることは常に意識しておかねばなりません。
(3) 相談者の希望の把握

 例えば、解雇事件を例にとったとき、何が何でも復職したいのか、それとも退職前提で良いのか、というように最終的な真の希望を把握しておかねばなりません。相談者の回りには、労働組合その他支援をしてくれる関係者がいることが少なくありません。そういう場合、なかなか本音を言えないこともありますので、それだけに真の希望を適確に把握しなければなりません。
(4) 早期の証拠収集と相談者が使用者側と接する場合のアドバイス

 相談をうける段階は、既に解雇された場合や、その前の解雇されそうだという段階など色々な場合があります。しかし、いずれにせよ早期の証拠収集は重要です。また、会社との対応では「話を聞くのみ」「印は押さない」「仕事はちゃんとする」の3点が重要です。この3点は必ずアドバイスしておかねばなりません。特に「仕事はちゃんとする」と言うのは、当たり前の話であると共に、足元をすくう為に会社があら探しをしている側があるから要注意なのです。
(5) 会社側のアドバイザーの把握(労務屋、隣接士業、弁護士)

 労務屋には徹底的にやります。
 隣接士業は大抵の場合、職域制限されていますので、こちらにとって有利です。弁護士の場合は、他の事件と同様ですね。
(6) 法的判断

 以上の経過を終え、事実を把握すると次は法的判断です。これについては労働法の解釈問題ですので、詳細は省き、以下の参考文献に委ねます。
  仕切り点線
  (参考文献)
  日本労働弁護団「労働相談マニュアル」
   この一冊と言えばこれでしょう。
 労働側から相談を受ける弁護士には実に便利なマニュアルです。非常にコンパクトに必要最小限のことが書かれています。短時間で要点を把握するには最適でしょう。
  労働判例百選(別冊ジュリスト)
   次いでこの一冊です。
 これは労働審判員の研修にも配付された必読の資料です。
 労働事件の「事件名」を知らないと裁判所との弁論準備などで恥をかくこともありますので、せめて目次に目を通して「事件名」を知っておくことが必要です。
  菅野和夫「労働法」(弘文堂)
   学問的にはこの一冊です。
 東京大学法学部の名誉教授にして各種審議委員を勤めるなど実務に影響の大きい労働法学会の重鎮である以上、菅野説への賛否を問わず必携の文献です。
 次々に改訂版の出るのが難点ですが、労働事件を扱う以上、買わないわけにはいきません。
  山口幸雄他編「労働事件審理ノート」(判例タイムズ社)
   東京地裁裁判官の手になるもので裁判所の考え方がよく分かります。但し、労側からの批判もあります(「労働者の権利」№257)。
  大江忠「要件事実労働法」(第一法規)
   筆者は私もよく知っている経営側の弁護士です。要件事実が網羅的に整理されています。
 大阪労働者弁護団「労働委員会闘争ハンドブック」
 労働委員会の申立に関する解説本であり、この種の本は他にありません。
  大川一夫「裁判と人権」(一葉社)
   これは、私の本です。
 最後の2冊はいずれも宣伝です。失礼しました。
5. とりうる対策とその選択
 
(1) 弁護士による交渉

 さて、事実・証拠を把握し、法的判断も終えると次はどのような対策をとるかです。まずは弁護士による交渉が通常でしょう。相手方が労務屋や隣接士業か弁護士かの対応については前述の通りです。
 尚、弁護団を組む場合、同期同志の弁護団は組まない方が良いと思います。それは、甘くなってしまいがちだからです。
(2) 民間ADRの利用(現行は弁護士会のみ)

正直なところ、あまり使うことはありません。
(3) 行政機関の利用

①労働基準監督署の利用②労政事務所などの利用
 都道府県等の地方自治体での、労働行政を進めるための部局の中での機関(行政サービスの一貫、相談・簡易なあっせんなど)③2001年6月に「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」が成立し、同年10月から施行。都道府県労働局による相談、同局長による助言・指導、紛争調整委員会によるあっせん
 これらと行政ADR②③は弁護士はまず使いません。その為、社労士の職域となっています。弁護士の発想としては、弁護士が入って当事者間で解決出来ないものが、行政ADRで解決できるとは思わないからです。但し、社労士の領域となっていくことを考えると、今後はきめ細かくこの選択も対象に考えていかねばならないかもしれません。④労働委員会の活用(原則は不当労働行為救済申立など団結擁護機関)
 個別労使紛争についての運用は、各労働委員会によって異なります。
(4) 裁判所の利用

①保全処分(地位保全の仮処分、仮差押など)
 民事保全法制定の際の国会決議(大阪地裁の方式は尊重する等)があるにも関わらず、保全処分の審理において、いわゆる大阪地裁独特の法廷審尋方式はなくなりました。
 解雇事件での仮処分命令において、賃金支払が命じられても給与の額は限定され、支給期間も限定されるようになりました。従来とはかなり様相が変わっています。従来は、保全処分が第一審のような役割を果たして解決したのですが、今日では、本訴必至となりました。②訴訟(本案訴訟、取消訴訟など)③いきなり強制執行(先取特権の行使)
 賃金債権の場合、判決をとらなくともいきなり強制執行ができます。
 非常に便利ですが、会社の印のある書証などが要求されます④労働審判
 先に述べました通り、利用件数は少ないです。
 他に民事調停や少額訴訟などがあります。或いは、先行しての証拠保全をすることもあります。
6. 本人が行う場合
 
(1) 労組との連携

 労組が協力してくれる場合はこの連携が不可欠で、弁護士として受任しない場合でも適切にアドバイスしておく必要があります。
(2) 各種制度の把握とアドバイス

 賃金の支払の確保等に関する法律(賃確法)に基づく未払賃金の立替払制度、雇用保険の失業給付制度、労災保険の各給付制度など、弁護士が代理人にならない以上、本人に対し適確にアドバイスをしておかねばなりません。
7. 受任の際の注意
 
(1) 委任の範囲と弁護士報酬の明示

 労働事件は、当初の相談時と違って戦線が拡大していくことがあります。 自戒を込めてですが、ずるずると受けてしまいがちなので、受任の範囲と弁護士費用は最初にきっちりと説明すべきでしょう。
(2) 労組との関係の取り決め

 支援労組に対して事件の状況を報告しても構わないという秘密解除の一般条項と、支援労働組合と依頼者との間で紛争が生じたときは事件を辞任できるとの条項を入れておいた方がよいと思います。
 こちらの方は、私はきちんと取り決めてしています。
 
以上、労働側として労働事件の相談を受けた場合の注意事項を述べました。個別労働事件が増加する中で、是非とも労働事件を積極的に受けてほしいと思います。
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