大川法律事務所
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住基ネット高裁判決の意義
1.  2006年11月30日、大阪高等裁判所第7民事部はいわゆる住基ネット違憲訴訟において、控訴人の住民票コードの削除を認めるという画期的な判決を下した。これは後述する通り全国の闘う仲間との連携の成果である。
 いわゆる住基ネット違憲訴訟は全国で20件以上闘われているが(ひとつの地裁でも別の部にかかったり、或いは同じ地裁の同じ部でも一次、二次等と何回かに分けて提訴している事案もあり、どのような単位で数えるかによって件数は異なる)、高裁レベルで住民側を勝訴させたのはこの大阪高裁判決が初めてである。( 注①
2.  住基ネットとは何か。
 住基ネットとは、改正された住民基本台帳法(改正住基法)によって、全ての国民一人ひとりに異なる11けたの番号(住民票コード)をつけ、氏名と住所、生年月日、性別の四つの個人情報をコンピューターで結び、総務省の外郭団体で一括管理するシステムである。住基ネットを住民票コードをもとに、いわばマスターキーのように使えば、役所にある様々な個人情報を際限なく集めたり、必要に応じて情報を合わせたりすることができる。それを集約すれば住民がどのような行政アクセスをしているかが全て丸ごと明らかとなる。
 例えば、ある住民は国民年金には加入していないのに、健康保険には加入している、という事実は、たちどころに分かるのである(そこから、国民年金に加入していないものには、健康保険証をとりあげろ、という議論も出てくるのである)。
 無論、住民基本台帳法は、このようなマッチングを認めているわけではない。
 しかし、住基ネットシステム自体にそのようなマッチングの危険性が存するのである。このように住基ネットは、我々の行政情報を丸ごと監視する危険につながる。
 一方、我々は憲法上、プライバシー権が認められ、また「公権力から監視されない自由」が認められる。以下、先にこの法的根拠と、住基ネットの問題性を述べる。
3.  「公権力から監視されない自由・管理されない自由」があると考えられるその根拠は、プライバシー権が認められるのと同様に、憲法13条の幸福追求権にある。公権力からの監視・管理のあるところに、個人の人格的自立や幸福追求権はあり得ないからである。即ち、憲法13条によって「公権力から監視されない自由・管理されない自由」が保障されているのである。
 近時の学説は、プライバシーの概念を発展、展開させ、自己決定権、自己表現権、自己情報決定権と言った権利が幅広く保護されるとしている。各種自由の保障の趣旨からも各個人を公権力が包括的に管理することを許していないとするのは明らかである。
 ところが改正住基法の住民票コードによる付番は、前述の管理されない自由の侵害である。なぜなら住民票コードは、当初から様々な行政分野に共通に使用される共通番号として構想されている。本来の、住民への行政サービスは、そのサービス毎に整理番号をつければ良いのであって、同一住民に同一番号をつけなければならない必然性はない。国民年金は国民年金の整理番号でよく、健康保険は健康保険の整理番号で十分なはずであり、それを統一番号とするのは、まさに国民年金情報と健康保険情報をマッチングさせたいからである。無論、ここで、国民年金と健康保険をあげたのは一例にすぎない。住基ネットは、このような例に限らず、ある特定の個人(国民)に対して、官庁が必要に応じてあらゆる分野の個人情報を番号によって「名寄せ」することができる制度である。その為、国は、いつでも個人の全体像を形成することができ、これにより特定の個人を全体的に評価することができる。国民の個人情報を一元的に管理し、利用することができることは、とりもなおさず「公権力から包括的に管理されない自由」を侵害するものである。
 以上、述べた通り、改正住基法による住基ネットは、国民を管理・支配することを目的とするものである。即ち住基ネットを推進する側の狙いが、いわゆる国民総背番号制を実現し、国民の一挙手一投足を管理することにあることは明らかである。( 注②
4.  前項までに述べた考えをもとに我々は住基ネット違憲訴訟を考えた。
 私自身は豊中市に住み、豊中市議会議員一村和幸氏とは本件の問題意識を共通にしているのであるが、同議員は施行前から、豊中市議会で住基ネットの問題点を指摘し、発動しないように要請していた。
 しかし、結局、議会では解決しえず、又、市長も住基ネットを発動した為、一村市議は裁判に訴えるしかないと考え、提訴前から相談を受けていた私が代理人となったのである(尚、ことの重大さから、代理人には、井上二郎弁護士、桜井健雄弁護士、平栗勲弁護士、上原康夫弁護士にも加わってもらった)。
 一村議員はまず自らが代表選手として大阪地方裁判所に提訴した。訴状の構成は、豊中市を相手に、住基ネット差し止めと損害賠償請求を求めたものである。一村訴訟は2002年8月5日に提訴された。全国では2番目の訴訟である。
 そして、一村議員自身が広く、原告候補を呼びかけ、その結果、一村議員につづく第二陣として2002年11月11日に訴訟が提起された。実はこの第二陣が、本件高裁判決となるのである。この第二陣訴訟は、一村議員が広く原告を呼びかけるという目的から市区町村のみを被告とし、又、差し止めは求めず損害賠償請求のみを求めるものであった。( 注③
 一方全国的にも住基ネット訴訟が様々な形で提起された。全国各地でも、20箇所以上の提訴がなされたことは冒頭で述べた通りである。さて、我々の第二陣訴訟であるが、結論から言えば拙速に進んだ。
 本件訴訟は、一村議員の第一次訴訟に続き、経費を削減して多数原告とするために損害賠償に絞ったところに特色を持つが、しかしその構成がいわば逆手に取られ拙速にすすみ、呼びかけた一村訴訟はもとより、全国の訴訟の先頭を切ってしまったのである。この裁判所の拙速整理は2003年9月26日の第4回口頭弁論で明らかとなった。この我々は原告準備書面陳述(監視国家の危険、情報漏洩の危険、権利についての内容)であったが、損害賠償請求権の根拠としての住基ネット離脱請求権の主張を裁判所は許さず陳述させない上、合わせて証拠調べは予定していないとも言明したのである。この裁判所の訴訟指揮のひどさに原告の一部は申入書を送り、また、裁判所の態度から、損害賠償だけだと次回結審の危険性のあることから、その後急遽訴えの追加(差し止めを加える)を申し立てた。急遽決定の為、訴え変更に応じたのは原告の一部4名だけであり、それが今回の勝訴判決の4名となる。
 2003年11月28日の第5回口頭弁論で、裁判所は原告が申し立てた訴えの追加的変更を認めず結審した。判決は2004年2月27日で、住民側の全面敗訴となった。
 この全面敗訴は予期されたこととはいえ、全国の闘う仲間に悪影響を及ぼしかねない最悪の判決であった。
 全国から、我々の訴訟団に叱咤激励の言葉が届いた。( 注④
5.  控訴審では、全国の仲間の協力のもとにすすめた。一時期、早期結審の危険性もあったが、我々は裁判所に更に主張、立証を行いたいとの上申書、申入書を繰り返した。控訴裁判所は証人尋問こそ採用しなかったが、書証の提出は十分に機会を与えた上で結審した。( 注⑤
 11月30日の高裁判決は住民票コードの削除を認める判決を下した。
 住基ネットの必要性は全国の市区町村の窓口で本人を確認できるので、どこでも住民票の写しが取れ、サービスが向上し、行政も効率化できるというのが政府の言い分である。本件高裁判決はその利点を認めながらも、一方で、住基ネットの危険性を指摘した。住基ネットで集めた情報が本来の目的でないことにも使われる恐れがある、ということである。
 法律上は、行政機関が持つ情報は、本来の目的以外には使えないことになっている。しかし、現実には、行政の判断で制限を外せる。一方で自分の個人情報がどのように使われているのか、本人は確認できない。無論、それを監視する公正な外部機関もない。そうであればいわゆるマッチングの危険は大きい。
 このような理由で、本件高裁判決は「プライバシー情報が本人の予期しないところで利用される危険が相当ある」と述べて前述の結論を導いたのである。
 このようなシステムを同意していない住民の離脱を認めなければ、その住民のプライバシー権を侵害し、憲法違反になる。それが本件高裁判決の論理である。
 本件判決の素晴らしいところは、単に、法律で「目的外利用が出来ない」ということだけで事足れり、としていないところである。
 実際、多くの住民側敗訴判決は、法律に目的外利用禁止があることから、漏洩、マッチングの危険はないと簡単に認定しているが、法律があるから、大丈夫というのでは、裁判所の役割を放棄するに等しい。
 それに比して、本件控訴判決は法律にとらわれず、まさに実状に照らして判断したものであり、本来の裁判所の役割を果たしたと言える。
 行政追随の判決の多い中で、本件高裁判決は、日本の国策に対してノーとつきつけたのであり、真に裁判所の役割を果たしたこととその影響力の大きさからしても極めて画期的な判決である。この高裁判決の意義は強調しても強調しすぎることはない。
6.  高裁判決に対して、敗訴した三市の内、二市は上告したものの、箕面市は上告しなかった為に、箕面市との関係では、控訴人Y氏の住民票コードの削除が確定した。( 注⑥
 箕面市長の決断も償賛に値する。
 判決確定による住民票コードの削除が行われるのは、今のところ日本でY氏一人であるが、この判決を機に、今後、これを広げていく必要があるだろう。
注①  地裁レベルでは唯一2005年5月30日言い渡しの金沢地裁判決が住民側勝訴であり、全ての裁判所を対象にすれば、2件目である。ところが残念ながら、この金沢地裁判決は、その控訴審において、逆転敗訴となった。
注②  全国20箇所以上で行われている住基ネット違憲訴訟(東京訴訟)の代表格であるジャーナリストの斉藤貴男氏はその訴訟においておおむね次のように言う。
① 住基ネットは、国民総背番号制度の構築を前提にしている。
② 国民総背番号制度が完成した場合、他のICカード関連プロジェクトなどとも連動して、国民一人ひとりの一挙手一投足が行政および企業によって把握され、監視されてしまう。
③ 住基ネットを推進する側の人々の狙いは、まさにこの②の点にこそある。
④ 住基ネットを推進する側の人々にとって、国民のプライバシーなどの人権は考慮の外でしかない。
注③  被告を誰にするかについては①国②地方自治情報センター③都道府県④市区町村の4者が考えられ(しかも色々な組み合わせが考えられる)、また、請求も、①住基ネットの差し止め(原告の離脱、原告の住民票コード削除など)②損害賠償請求の2通りが考えられる。
 そうであれば、訴訟の形は、単純に考えても、45通りある。そして、現に、全国各地で色々な形で提訴された。
注④  全国の住基ネット訴訟の中心とも言える東京訴訟の弁護団からは送付する資料を使ってもらって良いから頑張って欲しい、との有難いエールをもらった。実際、本件高裁においては、東京訴訟弁護団から送られた資料や神戸訴訟弁護団から送られた資料も利用させてもらったのであり、本件高裁判決はまさに全国の訴訟団からの協力のもとに得られたものである。
注⑤  結審後、判決期日が指定されたが、その判決期日は4回にわたって延期された。これだけ延期されるのは極めてめずらしい。
注⑥  箕面市のY氏に対しては、インターネット等において住民票コードの削除があたかも税金の無駄があるかのような匿名の攻撃が相次いだ。部落差別落書きとも相通ずる匿名社会の問題がここにある。
 
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