大川法律事務所
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2007年労働基準法改正案(労働時間部分)について
  〈 ミヤネ屋で予定していた解説 〉
1.  ミヤネ屋のテーマは「法改正で残業代アップ!!」というものです。即ち、2007年労働基準法改正法案によって、残業代は増えるのか、残業時間は減るのかというのが主たるテーマです。
 その法改正案を説明する前に現行の「残業」についてどのような法律になっているかの説明が必要ですが、労働基準法という法律によって、労働時間は1日8時間、週40時間と決められており、これに違反して、労働者を過剰に働かせた使用者は処罰されることになっています。つまり、法定の労働時間を超えて働かせることは、使用者が処罰されるくらいの違法なことなのです。
 もっとも、労働基準法は、一定の要件をクリアすれば法定の労働時間を超えて働かせても処罰を免れたり、変形の労働時間制が認められる場合があるのですが、その詳細は省略します。
つまり、現行法は、原則として、1日8時間、週40時間しか働かせてはいけないのですが、例外的に(先に述べた処罰を免れる場合でも)従業員を働かせたときは、通常の時給よりも余分に支払うことになっています(これは後述の通り、25%以上増となっています)。
 一方、現行法は、休日の取得を義務付けており、こちらも、原則として休日に働かせてはならず、仮りに働かせば割増の賃金を払わねばなりません。
  このように法律は、労働時間内の労働と休日を義務づけしていますが、例外として、これらに反して働かせることを、それぞれ「時間外労働」「休日出勤」と呼び、先に述べた通り、余分の賃金を支払われるのです。「残業」という言葉は労働基準法にはありませんが、この前者の「時間外労働」を「残業」と呼ぶのが一般です。
  尚、週休2日制がいきわたった為(土・日が休みというところが増えた為)、土曜日の出勤を「休日出勤」と思っている方がいますが、労働基準法上は「休日は週1回以上」と定められている為(通常は日曜日)、週休2日制の企業の土曜出勤は、「休日出勤」ではありません。月から金の平日の間に既に40時間勤務したときにはじめて、土曜日の出勤は「時間外労働」(普通の言い方でいえば「残業」)となります。
 さて、時間外労働、休日出勤した場合の割増率は、それぞれ25%以上、35%以上となっています。
 割増25%というのは、時給2000円の方は、残業すれば(25%増で)時給2500円となるということです。
 ちなみに、午後10時以降の深夜勤務は、深夜勤務というだけで25%以上となっており、その為、残業の上、深夜勤務に及ぶと両者の割増が重なって50%以上となります。
2.  そこで今回の改正案ですが、この割増率をアップしようというのです。ここだけみれば、法改正によって残業代がアップするように思います。しかし、実際はそうなりません。
 まず今回の改正案ですが次のようになっています。
(イ)45時間以下は、現行のまま割増率25%以上。
(ロ)45時間超えから80時間以下は割増率25%以上の「努力義務」。
(ハ)80時間超えは割増率50%以上の「義務」に。つまり、1.5倍以上! 
 ではこの改正案でどうなるかです。(ロ)についてはあくまでも努力義務なので、違反してもペナルティはありませんから80時間以下は今までと変わらないでしょう。結局、今回の法案は80時間超えの場合の50%以上が大きな変更点です。
 まず、厚労省の狙い自体は長時間労働の抑制を目指したものです。残業代の割増率を上げれば、企業が支払う残業代は増えますよね。つまり、負担が増えるわけですから、企業側は残業をさせないように取り組む。つまり、長時間労働を抑制できる、というのが厚労省の狙いです。
 さて、この厚労省の狙いについて論ずる前に法案自体の問題点を指摘します。
 ひとつは「80時間のライン」を設けたことです。先進国はラインを設けず、時間外労働があれば直ちに50%以上の割増率とする国が少なくありません。
 もうひとつは中小企業を、「当分の間」対象外としたことです。中小企業でも長時間労働は大きな問題であり、ここを対象外としたのでは、規制の意味はほとんどありません。
 また、前記の「80時間」も、厚労省の過労死認定基準のひとつです。つまり、他のストレス要因とともに、この80時間労働が半年続けば、「過労死」につながる疾病を引き起こす可能性が高いとしているのです。
 今回の法案は、中小企業は当分の間、対象外とし、又、過労死ラインを越えたときにはじめて割増率を上げるというのではどれほどの実効性があるのか疑問です。
3.  このように法案自体問題ですが、先に述べた厚労省の狙い(長時間労働の抑制)は実現するでしょうか。
 私は実現しないと思います。
 そもそも我国ではいわゆる「サービス残業」が多すぎます。2005年度には、サービス残業を摘発された企業数は1500社を超えるとされていますが、これでも氷山の一角というのが法律実務家としての実感です。
 このサービス残業をなくす政策をうち立てないと、単に「80時間問題」の割増率を上げたくらいでは厚労省の狙いが真に実現するとは思いません。
 そもそも、サービス残業を横行させ25%割増でも割増賃金を支払わなかった企業は、50%割増となれば益々払わないでしょう。
 また、それまで支払っていたところは、労働時間を「80時間」ライン以内に収まるよう、従業員に対して労働強化を強めることが予想されます。
 結局今回の法案は、割増率引き上げ自体は労働者にとっては決して悪いものではないがあまり実効性はない、まずはサービス残業をなくすことが先となります。
4.  先に述べました通り、今回の法案はそんなに実効性のあるものではありません。とはいえ、今回の法案は実効性はないとはいえ、残業の割増率をあげようというのですから、労働者にとって、それ自体は悪いものではありませんが、ひとつ注意をしなければならないことがあります。
 それは、そもそも今回の法案はいわゆるホワイトカラー・エグゼンプション(いわゆる残業代ゼロ法案)とセットになっていたところ、政府は、ホワイトカラー・エグゼンプションについては、参院選挙前という事情から(選挙前に労働者の反対する法案は出さない)、こちらは法案として上程せずという選択をしました。
 政府が法案上程を控えた通り、このホワイトカラー・エグゼンプションは労働者の反対が予想される単なる「残業代ゼロ法案」でしかありません。
 現行法でも管理職には残業代はありませんが、ホワイトカラー・エグゼンプションは、この管理職の下の地位の労働者の中で「自立的な労働者」を想定して、働き方の自由度を増加させるかわりに、残業代はなし、としているのです。
 これを強く推進する企業側は、(例えば、1日6時間で仕事を終わらせるような)効率の良い有能な労働者にとって得策であるかのように言いますが、実際には、企業が、6時間で終えるような簡単な仕事を命ずるはずはなく(自立的労働なるものを信ずる労働者は、仕事を命ずるのは企業であることを忘れています)結局は長時間労働を命ぜられます。
 このようにホワイトカラー・エグゼンプションは問題の多い法案ですが、今回の労働基準法改正案は(これまで述べてきた通り、残業割増率アップ自体は悪いものではありませんが)この問題のホワイトカラー・エグゼンプションを導入させる呼び水となる危険があります。
 無論、今回の割増率アップの改正案とホワイトカラー・エグゼンプションは論理的には、一体でなければならない必然性は全くありません。しかし、もともとセットで提案されてきたこと、労働者に有利な割増率の引き上げが決まれば経済界は、それを盾にホワイトカラー・エグゼンプションの導入を強固に訴えてくると考えられますので、その点が大いに問題です。特に、最初は、ホワイトカラー・エグゼンプションの要件を厳しくして(例えば年収1000万円以上)とにかく制度を導入しておいて、その後、要件をゆるめていく(対象労働者の範囲を広げていく)という手法は十分考えられますので、この点でも注意が必要です。そもそもホワイトカラー・エグゼンプションについては参院選挙前だから法案としないというのではなく、むしろ逆に選挙前に議論する問題であるといえましょう。
 以上の通り、今回の法案については、労働者にとっては手放しで喜べるものではない上、むしろ、選挙後に想定されるホワイトカラー・エグゼンプションの導入にこそ注意すべきといえるでしょう。
  以上
 
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